『新婚さんいらっしゃいvお試し版』
いつもならば、葵と紫穂と一緒にいることが多い故、単独で動くことが極端に少ない彼女。
しかも、何かといえば皆本を頼りにしているので、薫と二人きりになることは治療時を除けば数えるほどしかない。
「葵ちゃんと紫穂ちゃんは?」
「…皆本の所にいるよ。今日は先生に用があったから」
「そっか」
二人に付き添いを頼まず自分の元に来たということは、自分に何か言いたいことがあってここにきたということだ。
多分賢木はその内容をうすうす分かっている。
もし、自分が彼女の立場なら聞かずにはいられないことだから。
「あのさ、先生」
「おう、なんだ?」
「……あのさ、先生は本当に皆本を幸せに出来るの?」
やはりな、という思いを込めて彼女を見ればその瞳に宿るのは彼に選ばれなかった悲しみに沈む深い鈍色。
自分が浮かべていたかも知れないその哀色に同情するのは不遜すぎる傲慢さだから。
ありのままを受け入れ、密やかに笑むと彼女は、ぐしゃりと顔を歪めた。
泣くのを限界まで我慢しているのか、うっすらと光るものが滲んでいることに気付かないふりをして、
賢木はその表情を受け止めた。
「真剣に聞いてるんだけど!!」
「分かってる。遅かれ早かれ聞かれると思ってたよ」
小学生から中学生になり、その淡い想いを見つめ直す過渡期になっても褪せはしなかった彼女達の恋心。
皆本の側でその成長を見守ってきた自分だから、その想いが真摯なものだということは痛いほど分かっている。
何度冷めて欲しいと思ったか知れない。
相手は皆本じゃなくてもいいだろう、と醜い思いに駆られたか分からない。
今だって、そんな勝手な想いは胸の中、大人の顔を見せながら今も息づいているのだ。
彼女達にとってみれば、自分こそが邪魔な障害そのもので。
けれど、結婚を表明してから反発をしなかった彼女達の方が、随分と人間が出来ているに違いない。
「…先生答えて」
静かな静かな問いに、賢木はすうと軽く息を吸うと彼女に告げる。
彼女に聞かれる前からずっと自問自答していた問いだ。
そして、結論はいつも必ずこう締めくくられる。
「幸せにしたい希望はある。保証は無いけどな」
何度も心の中で向き合った答えを彼女に告げると、その瞳が火をつけたように鮮やかに色を変えた。
見る間に怒りに染まる薫に、賢木はそれでも言葉を重ねる。
嘘偽りない真実を彼女が否と言ったとしても、その気持ちは変わることが無い。
「!!最低!!」
「久しぶりに女から言われたなぁ…随分御無沙汰な台詞だ」
皆本と付き合う前に一切の関係を切り捨てた時以来ついぞ聞いていなかった非難に苦笑する彼に、
薫は、何度も何度もその言葉をぶつける。
彼女の気の済むまで甘んじてその言葉を受けてやり、勢いが弱くなったのを見計らうと彼は、
でもな、と唇に言葉を乗せた。
(この先は本誌に続きますv)