『赤い糸・お試し版』



子供の外見になってしまった彼をチルドレンに任せて。

解析した症状を首脳陣に説明している間も、賢木はどこか上の空の自分を自覚していた。



「誰」という台詞が小さなガラス片のように胸にめり込んで息の根を止めるように奥へと侵入していく。


冗談と言ってもらえれば一気に霧散するのに、目の前の状況がそれを許してはくれない。

現在の皆本は実年齢通りの青年の姿ではなく、チルドレンと変わらぬ背格好になっている。

兵部の催眠プログラムに従い記憶の修復が行われている今、

テレパシーの一部を放出することにより精神と外見が一致し、結果精神の安定が保たれているのだが、

その修復がいつ終了するのか自分は予想すら立てられない。


何もかも、犯人を捜し出すまではあの男の手の上で転がされるのかと思うと血が沸騰する。

味方では無い男に、大事な皆本を委ねなければいけないジレンマ。

耳の奥で兵部が嘲笑する声が聞こえる。

守るのなんのと息巻いておいて蓋を開けたらこのざま。

あまりの情けなさに笑うことさえ出来やしない。

悔しいのに、今すぐ兵部の影響を排除してしまいたいのに。

そんなことをしたら、記憶が完全に崩壊するかもしれない可能性を透視してしまった現在、

自分はただ涙を飲んで状況を静観するしか出来ないのだ。


(カッコ悪りぃ…)


自分と一瞬、皆本との距離が開いた気がして賢木はそんなことは無いと慌てて首を振った。

自分達には積み重ねた時間がある。

今はただその時間が取り出せないだけで、元に戻れば。

あんなこともあったと、顔を揃えて笑いあえるから。


思い込みだとしても、そう信じていないと、胸を渦巻く感情を強引に断ち切れない。

皆本のあの言葉の衝撃からまだ立ち上がっていないのに、その希望すら投げ出してしまったら、

自分は本当に生きてはいけない。

憎々しい敵の手を借りてでも、あの笑顔を取り戻せるというのなら納得はしないまでも受け入れるしかない。

どんなに承服し難くても。

皆本と出会ってから知った幸せな時間を初期化されるなんて、一切認められないのだから。



「…かきクン…賢木クン?!」


いつのまにか嫌な考えの中に埋もれていた自分を蹴飛ばすような上司の声に、賢木ははっと顔を上げた。

こんな風に周りに声をかけられる確率が確実に増えている。


ふとした瞬間に様々なマイナスイメージに足元をとられ、ずぶずぶと底無し沼に沈んでいくような錯覚さえ覚えて。

しっかりしなくてはいけない立場なのに、逆に一番隙だらけになっているのは自分を置いて他にはいないだろう。

皆本の症状を少しでも早く回復させる為に出来ることを探さねばならない。なのに。


(俺のことを忘れやがって…)


こんなにも心を捕らえている恋人が現在欠片も自分の想い出を持っていないことに軽い愚痴を言わなければ

自我を保ってさえいられない。


「賢木クン、心配なのは分かるけど集中してね?一人で対処しろって言ってるんじゃないから、

あんまり抱え込まないようにね」


苦言めいた言葉に頷いてはみたものの、ともすればすぐに悲観的になってしまう賢木に、

蕾見はやれやれとこれ見よがしに息を吐いた。


(この先は本編へ続きます)