月夜に、花のひとしずく(3)




 方向転換して、引っ張り込んだ自分のマンション。そして、自分の寝室。

早々にベッドに彼を招待すると、彼をその上に膝立ちにさせて、背広を脱がせる。

「賢木」

「ん?」

「自分で、脱げるよ」

「あーでもまぁ、楽しみは取るなよ。脱がすのもプロセスの一つだから」

「意味が分からないって」

「まぁまぁ」

ワイシャツに手をかけようとする恋人を制して、賢木はボタンを順々に外していく。

徐々に現れる素肌を指で辿りながら、上半身を裸にすると、スラックスに手をかけた。

その勢いのままベルトを外し、賢木は下着ごと脱がせたそれを無造作にベッドの下に放って。


急に外気に触れた所為で、ぷるりと身を捩る皆本の上に覆いかぶさると、緊張に揺れる瞳に視線を合わせながら、

首筋から鎖骨にかけてのラインを指の腹でなぞる。

皆本の弱い場所の一つだ。


「っ!!…んっ!」

まんまと望み通りの反応を得られたことに気を良くして、今度は首筋に唇を当て、目立つ場所に痕を残しながら、

下へと進む。

あえかな色に染まる両の突起を指で摘まみつつ、軽く交互に吸い上げると、皆本はますます色めいた啼き声を漏らした。

(上々だな)



今日は、彼を泣かしてやると宣言したのだ。

嫌がっても、やめる気などさらさら無い。

全てを忘れて泣く皆本の姿を見るまでは。

決意のままに先端を甘噛みし、噛んだ箇所をまた舌先で擽る。


「っ、さか、き…いた、いって…」

「気持ち良くない?」

「っ!あ、分からな…っ、ぁ!」

賢木の愛撫に涙を流す皆本の抗議に本気が見えないことくらい、賢木にはお見通しだ。

とぎれとぎれの吐息を漏らし続ける恋人の様子に優しく見つめながら、賢木は敏感な場所の最たる部分にその手を伸ばした。

皆本同様、泣き虫なその場所を宥めるように親指で先端を撫でた後、

じらすようにゆっくりと根元まで握り込んだその手を動かす。



揺れる腰を押さえつけ、全てにキスをしながら、賢木は切なげに濡れそぼる部分を口内に招き入れた。

強弱をつけて吸い上げながら、括れに舌を巻きつけ締め付ける。

独特の風味を味わうように蜜を舐めとると、眼前で目を閉じ、賢木の愛撫に体全体で反応を返す皆本がたまらなく愛おしく、

さらに行為の激しさが募って。


「んふぅ…っ、さか、き…さかきっ!!…んぁっ!」

吸う力を強くすると、皆本から限界を示す声がたまらず漏れた。

そのままで構わないと先端を舌先でつついてやると。

とろりと溢れるのは、皆本の情の証。

口に広がったものを飲み干すと、御馳走さまと笑ってみせる。

「!!!早く、濯いで…」

「別にいーじゃん、皆本の味だから」

「恥ずかしいこと、言うなよっ!!」


顔から湯気が出そうなほど真っ赤に染まる恋人を宥めながらも、賢木の行動は止まらない。


「余裕かましてンなよな。もっと泣かす予定だから」

「!!賢木…っ、んっ!!」


内股にキスをしながら、用意してあったローションを取り出す。

掌の上でこぼしたローションが、体温に馴染む頃合いを見計らい、賢木はそっとさらに奥へと指先を進めた。

賢木と皆本が繋がることの出来る秘所へ向けて。

辿りついた入口からゆっくりと人差し指を侵入させる。


「つ、めた…っ!」

「そのうち慣れるから、ちょっと辛抱な?」


知り尽くしたポイントを慎重に探り、目当ての場所を刺激すると。


「ん、ゃっ…ぁっ!賢木っ!!」


途端、洩れるのは何とも愛らしい美音で。


「くそ、俺のが先に参りそう」


散々皆本の媚態に煽られ、正直な自身は沸騰寸前ぎみで。

皆本を泣かせる前に、自分が気をやってしまいそうだ。

ぐるりと指を回転させては、入口まで指を引き抜き、開いた隙間に指をもう一本、もう一本と増やしていく。

性急さを増した愛撫は、それだけ賢木が切羽詰まり出したことを示していて。

「さか、き…さかき…っ!!」

一心に自分を求めてくれる皆本に目も眩むような幸せを感じながら、

賢木は窮屈になったズボンからようやく己を引き出した。

皆本を乞うて止まない半身はすっかり皆本の熱を欲して、自己主張している。

正直すぎる自分の欲求に苦笑しきりな賢木が指を抜き、そこにぴたりと先端をつけると、

皆本は、賢木の体を引き寄せてその先を強請った。


「はや、く…っ!!」

「皆本っ!」


己の激情を込めた切っ先が皆本の中へと侵入する。

少し強引に奥まで達すると、皆本は賢木の背中に、抗議の爪痕を立てた。

その爪痕すら、愛おしくてたまらない。

「みな、もと…皆本…っ!」

「んっ、ぁ…っ、さ、かき…っ!!」


本当は、皆本が落ち着くまで待ってやるべきなのに。

いや、今日は皆本の様子をうかがいつつ抱くつもりだったのに。

内部に入った瞬間、その熱の甘美さに一瞬で捕らわれて。

たまらず律動を開始すると、腕の中で恋人は蕩けるような嬌声を切れ切れに洩らす。

皆本の全てに煽られ、その全てに魅了されて。

散々泣かすつもりだったのに、この調子では自分の限界もそう遠くはなさそうだ。


(つくづくカッコつけられねぇ性分だよな)


けれど、目の前で乱れる恋人を前に取り繕っていてもいいことなど何もないのだから。

ギリギリまで引き抜いた己の欲望を奥まで突き立て、中を引っ掻き回す。

その都度与えられる無意識の収縮活動に意識が焼き切れそうなほどの快楽を覚えながら、賢木は皆本を見遣った。

目の前で、涙に濡れる恋人の艶めかしさ。

飾るものなど何一つ無い状況で流れる涙は、賢木にとって何よりも大事なものだ。


だから、もっともっと、泣いて欲しい。

ほんの一滴も残さぬように。



苛烈な想いを体中に溜めこんで、情欲も露わに皆本を抱き締める。

ひと際強い突き上げに反応する皆本の内壁の健気さに思わず息を洩らしながら、奥へ奥へとさらに強く抉ると。

「っ!!んぁっ…っ!!」

その瞬間、皆本の熱情が二人の体の間で確かに爆ぜて。

皆本の中がぎゅうっと強く強く引き絞られるかのような動きを見せた瞬間、

賢木は遅れて彼の内部に己の恋情を全て吐き出したのだった。



賢木が汚れた体を清める間にもとろとろと眠りに落ちつつ、頑張って起きていようとする皆本に、

「いいから寝てろ」と声をかけると、彼はふにゃりと微笑んでゆっくり目を閉じた。

安心しきったその寝顔を見ながら、体を拭き終ると賢木もまたベッドに横たわる。

ほどよい倦怠感と高揚感に身を任せ、賢木は眠る皆本の体をそっと自分の腕の中に抱きこんだ。

涙の跡が残る頬に唇を寄せると、微かにしょっぱい味が舌先に届く。


「十分泣けたみたいだな」


自分の起こした行動が間違っていなかったのだと再確認しつつ、賢木は唇を頬から移動させて、

健やかな寝息を洩らすその場所にそっと触れ合わせる。

皆本が息苦しさに目覚めぬよう、接触はほんの一瞬。

柔らかな感触を刹那味わうと、賢木は小さく微笑んだ。


皆本の様子が今日不安定だったのは、昨日がチルドレンの卒業式だった所為だ。

昨日、式の最中に泣いたということはチルドレンからも、参加した柏木からも聞いて知ってはいるが、

妙にテンションの高低が激しいという事実に気づくことが出来たのは、

卒業式に行けなかった所為もあるかもしれない。


全身全霊をかけて情熱を傾けた子供達の卒業式に泣いた人目も憚らず泣いた皆本。

成長していく子供達に対して感傷的になってしまった彼。



目を見張る成長が嬉しく、けれどもその成長を見つめるしか出来ないもどかしさ。

手のかかりすぎるあの三人が、自分の目の前からすぐに消えてしまいそうな錯覚に陥ったらしい彼が

もやもやと渦巻く葛藤のど真ん中にはまり込んだことは、昨日すぐに分かった。



その表情のアンバランスさが気になって、透視した結果、明らかになったのは彼のひどく寂しげな笑顔と、

その先に居る子供達のビジョン。


もし、自分があの場にいたなら、彼をこんな切ない気持ちにさせなくて済んだのだろうか。

もっと上手く優しく、全ての気持ちを出し切るように泣かせてやれただろうか。


(出来れば、一緒に居たかった)

自分が卒業式に出席できたのならば、きっと皆本と二人、周りに引かれるほど大袈裟に泣くことが出来たというのに。

けれど、現実はそうすることが出来ず、皆本の不安定な感情をこんな形で吐き出させてやることしか賢木には手段がなくて。


チルドレンには見せられない、「大人じゃない」皆本の一面。

きっと朝になったら皆が良く知る姿に戻る彼の、ほんの一瞬の危うさ。

その危うさを知るのは自分だけで良い。

葛藤に震える彼を感情ごと抱き締めるのは、自分だけで良いから。



「…これからも、たまには甘えてくれよ」

どうしようもない本心を呟きながら、賢木は皆本を見つめる。

清らかな寝息を滲ませる恋人に、賢木はもう一度口付けたのだった。




終わり