ブレーキン・モーニン!!(1)
つか、待てマジ待て。一体今俺どーなってたわけ?!
あり得ない、っていうか信じたくない。
こんな情けないコトなんて、信じられるかっ!!普通。
「皆本…」
確認したくもない状況をそれでも受け入れないといけないジレンマにずうんと地の果てまで落ち込みながら、
俺は目の前の恋人が浮かべる苦笑交じりの笑顔を見つめる。
「気にしなくていいよ?本当に」
そういってもらうと余計に自分の失態が胸に突き刺さって、俺はがっくりと肩を落としたのだった。
俺の断じて信じたくない失敗に至るまでには色々な経過を経ていて。
実は、途中までは俺の希望通りだったとどんなに言った所で、
最後がアレではまるきり信憑性が無いただの絵空事に見えるけれど。
遡ること、昨日の夜。限りなく深夜に近い時刻。
「待ったか?」
「いや、そんなに待ってないよ」
足早に待ち合わせの場所に向かうとそこには既に彼の姿があって。
「ホントわりぃな、今度埋め合わせするから」
「はは、期待してるよ」
「うんと高いもの奢ってもらおう」と冗談ぽく言う皆本に「ああ、満漢全席以外なら」と軽口で返す。
「でも、間に合うのか?会議に」
「ああ、明日使う書類だからな、マジ助かった」
そう感謝の意を伝えると、皆本は「それなら良かった」とふんわりと微笑んだ。
夜目にも見えるその柔らかな表情にぼおっと見惚れていると、彼は
「じゃあ、僕は帰るよ」と最寄り駅へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと待った!折角だからさ、ちっとは遊ぼうぜ」
「え?でも賢木明日の支度とかあるんだろ?発表するって言ってたじゃないか」
そう、今俺はバベルの代表として、医療関係者が集まる学会に参加している。
3日間連続の開催期間中、朝早くから夜遅くまで発表やミーティングが目白押しなので、
参加者には一応太っ腹にもホテルの一室が割り当てられていて。
とはいうものの、別にシティホテルでは無く、ビジネス専用ホテルなのだが。
昨日今日は、わざわざ難解に作られたくだらない発表を聞いているだけで良かったが、
明日はいよいよ自分の発表ということで、それなりに緊張もある。
医療行為における超能力の役割について壇上で一席カマす予定なので、
それなりに準備万端な状態にしておかねばならないのだ、しかし。
よりによって一番のネタ元の書類を家に忘れてきたので、それを皆本に持ってきてもらったのだ。
いや、忘れてきたというか。むしろわざと置いてきたというか。
「そうだけどさ、これさえあれば何とかなるし、大丈夫だって」
「まったく、僕が都合つかなかったらどうするつもりだったんだ?」
「んーその時はその時だ!」
「馬鹿っ!」
ぶっつけ本番だと笑う俺に、皆本は目を三角にして怒鳴った。
都合がつかなくても、多分皆本はなんとかしてくれるだろうという甘え。
実際いつだって、俺のことを幾度となく救ってくれる彼だから、
今回そんな状況に追い込まれたとしても絶対何とかしてくれるだろう。
確信めいた想像は、皆本に対する掛け値なしの俺の信頼から派生していて。
そんな皆本の誠実な好意を利用した姑息な計画はどうやらまだバレてはいないらしい。
ぷりぷり怒る皆本を宥めながら、俺はうきうきとこの後の予定を聞き出す。
「なぁ、皆本この後はフリーなんだろ?」
「ああ、アイツらの夕食も終わったし、別に予定はないよ」
「なら決定だ!よっし、カラオケ行こうぜカラオケ」
「えっ、ちょ…本当に大丈夫なのか?明日の準備は?」
「問題ないって。さぁ行くぞっ皆本!」
「…もう、仕方ないな」
そう、ここまでは一応順調だった、筈なのだ。
平日の夜ということもあって、予約をせずに入れた店内。
さっそくリモコンを操作して適当な曲を入れていく。
「ほら、皆本も。何歌ったっていいから」
「でもあんまり新しい歌とか知らないぞ?」
「俺も別に新曲チェックしてるわけじゃねーし。いいじゃん、二人だけなんだから気を使わなくても」
「…それもそうか」
じゃあ、と言いながら、皆本が選曲するのは定番なバラード調の曲。
俺がロック系な曲を歌いたがるのとは対照的だ。
「チルドレン抜きでカラオケ来るなんて久しぶりだな。アイツらマイク握ったら離さねーし、ストレス溜まるっつうの」
目の前で展開されるプチリサイタルはひどい時には数時間で延長も勿論アリだ。
気の無い感じで聞いていれば、「ちゃんと聞け!」とばかりに文句を垂れるし、
皆本にデュエットを強要するしで、やりたい放題の彼女達のカラオケに付き合うと、
ひどく気力を消耗するのは事実。
皆本もどうやら気持ちは同じようで、「まぁそのうち友達と行くようになるから」と疲れた笑顔を見せた。
「俺としては早くそうなって欲しい所だな…っと、曲始まる」
会話の間を流れるイントロにマイクを構える。
画面に表示された文字に従い、俺は口を開いたのだった。
俺と皆本で交互に曲を入れ、散々騒ぎまくってどんどん夜が更けていく。
現在時刻は夜11時。良い子はすっかりおねむの時間だ。
別に良い子ではない俺も少しばかり睡魔には弱い。
しかも俺を試すように、皆本の歌声ときたら耳に甘くて優しいのだ。
通常言わない台詞でも、歌詞なら大丈夫とばかりに響く彼の声。
どんどん自分の瞼が重くなっていくのが分かる。
画面の文字を追う横顔を見ながら、何度も瞬きを繰り返し、俺はいかんいかんと首を振る。
まだまだ夜は長いのにこんなことでどうする。
それにカラオケはメインに至るまでの前菜なのに。
そう思いつつ、自堕落な体は眠気の波を押し流してはくれなくて。
「……賢木?眠そうだな、大丈夫か?」
歌を終えた彼がこちらの様子を気にしていることに気づき、俺は何でもないと苦笑する。
「何でもないって…でもずいぶん眠そうだぞ?」
「ん?そうか、でもまだまだ大丈夫!!」
「本当に…大丈夫、か?」
「全然平気だって!元気だしな」
俺は眠気覚ましにウーロン茶を口に含みながら、次の曲を歌い始めたのだった。
そして、強烈な眠気との攻防を何度も繰り返した結果、あるのは今現在の惨状。
「おはよ、賢木」
「??皆本?」
目を大きく見開く俺に、皆本は苦笑しながら顔を近づけた。
「良く寝てたから、起こせなくって…体大丈夫か?」
「は?え…マジで?」
「うん、残念ながら。2時間くらいかな、寝てたの」
確かに部屋に差し込む日差しは朝仕様で。すっかり濃厚な夜の雰囲気から辺りが変化したことが分かる。
「うっわ、信じらんね…」
まさか、こんなに早い時間でぶっ潰れるとは。
しかも、皆本を置いて勝手に爆睡ってどれだけ情けないマネしてるんだ、俺。
「それだけ疲れてたってことじゃないのか?」
2日間神経張ってたってことだろ、と俺のフォローをする皆本に益々いたたまれない。
こんな筈じゃなかったのに。今さら言っても始まらないが、本当の目的は別にあったのに。
「はぁ、すっげーカッコ悪…今までそんなんしたことねぇのに」
「いつもと環境違うから仕方がないよ」
2時間俺に放っとかれたのにどこまでも優しい恋人に、ばつが悪くて冗談を言うことも出来ない。
「でもさ、ありえねぇ」
「え?」
盛り上がった勢いでそのまま皆本をホテルにお持ち帰りして。
朝までベッドに縫い付けるというのが本来の俺の計画で。
だから、余計にカラオケでオチたことが恥ずかしくてたまらないのだ。
「少し寝たくらいでそんなに落ち込まなくても…」
皆本のズレたフォローに俺はさらにへこみつつ、
「や、かなり落ち込むって。浮上するにはきっかけが無いとな」
「?」
「このままじゃ馬鹿で終わっちまうから、今度仕切り直しさせて?」
「えっ?」
「次は完璧にやるからさ」と未練がましく約束を強請ったのだった。
終わり