ブレーキン・モーニン!!(2)






僕の目の前で、大丈夫かと思うほどテンション上げて。

ノンストップで歌いまくって。

本当に次の日の仕事が心配になるくらい楽しそうな賢木に、僕もついつい盛り上がったけれど。

流石に、彼が限界突破するくらい興奮していたなんて、ちょっと予想していなくて。

自分の限界を知らないなんて、本当に子供みたいだ。

まるでパソコンの強制終了みたいに一気にオチた彼を見つつ、僕は家にいる少女たちをふと思ったのだった。




「よっし、カラオケ行こうぜカラオケ」

「えっ、ちょ…本当に大丈夫なのか?明日の準備は?」

やけにハイテンションな賢木に強引に連れてこられたカラオケ。

慣れた様子でリモコンを操作する彼をちらりとうかがいつつ僕は少しだけ不安になっていた。



書類を届けに来ただけなのに、どうしてこんなことに。



僕は明日も通常出勤だから、遅くても大丈夫だけれど、彼は明日に備えてそろそろ休まないといけない筈だ。

ここ2日間メールで散々「疲れた」だの、「帰りたい」だのと愚痴り、「発表が面倒臭い」と

送信してきていたので、
相当ストレスが溜まっているのは分かるけれど。

明日の発表を失敗するわけにはいかないことくらい、賢木自身よく理解していると思うのに。


(ストレス…発散すれば、いい発表出来るかな)

きっとそうに違いない、と無理やり納得して僕は賢木の気の済むようにさせてやろうと心に決める。

それに最近、子供達抜きでカラオケに来ていなかったから、正直楽しみたい気持ちも僕の中にあるのだ。



部屋中に漂う賢木の艶を帯びた歌声。

耳を甘く擽るような低音が伸びやかに響く。




(相変わらず、上手いな)




バベルの忘年会でカラオケに行くと、皆がうっとり聞き惚れてしまうくらい

賢木の歌は人を惹きつける魅力を持っている。

僕のように歌詞をただ追うのが精いっぱいなレベルとは格段の差だ。

賢木が歌うと無機質な歌詞がたちまちに色を変え、鮮やかな映像が目の前に広がって。



バラードを歌えば、甘い旋律に乗せてまるで口説かれているかのような錯覚をしてしまうし、

ポップスを歌えば、ついつい笑みが零れてしまう。




今日の賢木の選曲は、ロックがメイン。

ずしんと体に響くような迫力のある歌声を惜しげもなく披露する彼に、

僕は目を閉じ、耳に意識を集中して。


その美声に心おきなく酔いしれたのだった。




カラオケで交互に歌いながら、適当に水分補給をして。

この部屋に入ってから、既に数時間が経過。

未だ賢木の手からマイクが離れることはない。

(もう…0時だけどいいのかな)

明日の学会が何時から始まるのかは把握していないけれど、

バベルの始業時間よりは確か早かった気がする。

そろそろホテルに戻った方がいいんじゃないだろうか。


「賢木」

「ん?あ、ほら皆本の番」

画面を指さす彼に僕は溜息をついた。


「もう、ホテルに戻った方がいいんじゃないのか?」

「嫌だ。せっかくのデートなのにまだ騒ぎ足りねぇ」

「賢木…。明日早いって自分で言ってたじゃないか。ホテルまで送るからさ」

「送るってことは帰るってことだろ?なら、まだここにいろよ」

「さ〜か〜き」

「まだ帰したくないし、つか一緒に泊まってけばいいじゃん」

「シングルだろ?部屋。無理言うなよ」

「大丈夫ダイジョウブ!」


頑なに引っ張ろうとする彼に、僕はやれやれと溜息をつく。


「全然大丈夫じゃないだろ。どうなっても知らないからな?」

「皆本がホテルに泊まってくれんなら、お開きにするって」

「はぁ…考えさせてくれ」


どうあっても自分の要求を通そうとする恋人。

普段はこちらの意見を割合聞いてくれるのに、こういう時は何を言っても無駄だ。

とはいうものの、男二人でシングルに泊まるわけにもいかない。

学会用に割り当てられた部屋に、僕が泊まったらそれこそ問題だろう。

賢木はそういうことをちゃんと分かった上で、発言しているのかいまいち謎だ。

けれど、頭ごなしに突っぱねればますます意固地になるのは分かっていたので、

日本人特有の曖昧な表現で茶を濁すと、彼はようやくこちらの意見を汲んでくれて。


「良い返事期待してるから」

「…出来れば期待しないで欲しいんだけど」

「ん?するだろ、普通。あ、1番終わったな。続き続き」

「……はいはい」


まるで子供のような恋人に僕は苦笑したのだった。




答えを先伸ばしするようにカラオケを続けてそれから2時間経過。

だんだん受け答えに精彩を欠き始めた賢木を見ながら、僕は嘆息を漏らした。

(絶対こうなるって分かってたけど…)

瞬きが多くなり始めたのは、眠気を堪えている証拠。

それでも、我慢比べのようにマイクを離さないのだから、その根性は大したものだ。


「眠いんなら寝てもいいよ?仮眠してもいいから」

「寝てる間に帰るってオチは無いだろうな?」

「……期待に応えてもいいけど」

「駄目だ!ぜってー駄目!!寝ないからここにいろ!!」

「だってもう限界だろ?」


僕が冷静に指摘すると、賢木は、

「限界だろうがなんだろうが、寝ないったら寝ない!皆本が首を縦に振るまではっ!」

「もう2時なんだけど」

「まだまだ宵の口だ…。次いけ次」

そう言いつつも、目を擦っている時点で、眠いのがバレバレだ。

「強情…」

小さくぽつりと呟くと、賢木は「何?」と僕に問いかけて。


「何でも無いよ。こうなったらオールだな」

「え、いや、別にオールじゃなくても…皆本が泊まってくれればいい話で」

「さぁ、じゃんじゃん入れようか?」

「皆本〜っ!!」


無情な宣告をする僕に、賢木は顔を歪めたのだった。






手ごわい睡魔との戦いの果てに、賢木がブラックアウトしたのはそれから30分後の話。

「…だから言ったのに」

ソファに体を預け、健やかな寝息を立てる彼に僕は苦笑交じりの笑みを浮かべた。


最後まで寝ないと言い張っていたのだが、やはりどうしても生理現象には勝てなかったらしい。

2日間慣れない環境で精神を使い、いつも以上に疲労困憊したところで

長時間カラオケなんて無謀もいい所だ。

それなのに、限界まで粘ったのは、多分僕と一緒にいたいからで。

出来れば僕だって、彼の願いは叶えてあげたかったけれど。

今回ばかりは純粋な要求に対し、ノーと言うほか無くて。

「ごめん、賢木」

気持ち良さそうに寝息を立てる彼の髪を撫でてやりつつ、僕は申し訳なさでいっぱいになる。

もし、部屋がツインやダブルならまた状況は変わったけれど、

流石に置かれた現状を鑑みるに回避しなければいけない願いだったから。


「本当はさ、多分ああ言われるの分かってたけど」

大体書類を忘れたと賢木がメールしてきた時点でおかしいとは思ったのだ。

仕事よりプライベート重視のように見えて、実は賢木ほど仕事熱心な人物はいない。

普段の仕事に対する取り組み方や誇りを間近に見ているので、

今回のような失態をするなんて到底信じられなくて。

合鍵を使って部屋に入り、テーブルの上に分かりやすいように置いてある書類を見た瞬間、

予感は確信に変わったのだ。


こんな手を使ってまで、僕と過ごしたかった賢木。

僕が圧倒的されるほど強い要求が本当は嬉しかったのだと告げたいけれど。

「今度は、ちゃんと頷くから」

賢木の頬を軽くひっぱって起きないことを確認すると。

僕は零れる寝息を吸いこむように唇を寄せていったのだった。






終わり