子供が寝てる間に






大型連休の洗礼をまともに受け、大規模渋滞で立ち往生する自動車の群れ。

宵闇へと向かう空の下、理路整然と連なるそれらのテールランプが光の帯を作り出している。

その帯を構成する一つの素材となりながら、東京へと向かってハンドルを握る賢木の目に飛び込んできたのは、

健やかな3つの寝顔だった。



「おーとうとう寝たか〜」

バックミラー越しに見えるのは、つい先ほどまで騒いでいた所為ですっかりバッテリー切れしたチルドレンの姿。

賢木の言葉に、助手席の皆本も振り返り、その寝顔を確認する。

「すごくはしゃいでたからね、無理もないよ」

「だな。てっきり拒否ると思ったんだけどなー。あてが外れた」



アイツらがいなきゃ折角皆本とデートだったのに、と賢木が少しぼやくと、

皆本は「そんなこと思ってなかったくせに」と苦笑した。


「子供たちが喜びそうな所、チェックしてたの知ってるよ僕は。…ありがと」

「ばれてたのか」

「だって、どこが良いか偶然装って聞いてたじゃないか。バレバレだよ」

「んー、一応な。確認しておいた方が良いと思ってさ。ごねられると困るし」





観光に行ってヤな気持ちにさせる訳にいかねぇし、と付け加えると皆本の顔が嬉しそうに緩む。


「うん、アイツらすっごく喜んでたから、全部賢木のおかげだよ。お土産あんなに買ってさ」


皆を乗せたこの車が、前方車両につき従ってゆっくり前進するたびに、

外からの風を受け土産物でぱんぱんに膨らんだ袋が軽快な音を立てる。

袋からちょこんと顔を出したお揃いのペンギンのぬいぐるみは、

三人がどうしてもと欲しいと言って購入したものだ。


「あんなに買って配りきれんのか?一体どんだけ渡すつもりなんだか」

「自分が欲しいもの手あたり次第に買ったみたいだから。ま、何とかなるんじゃないのか?」

「貰って嬉しくないヤツはあんま少ないだろうからな。アニマル系は」

「うん、僕と賢木用まで買ったみたいだよ。ストラップ」

「え、マジで?皆本とお揃いなら褒めてやるんだけどな」

「さぁ、どうだろ…」

どんな意匠か気になるが、持ち主の許可を得ずに開けることも憚られて、二人顔を見合わせくすくすと笑う。


「でも、今日休日だったのに…ホントにありがとう」

「あーいいっていいって。元々そのつもりだったから。点数稼ぎっていうの?」

「何言ってんだよ」

「つかさ、やっぱり皆本を得るには、周りからってな。基本基本」

「っ…!!バカ…」


にまにまと笑いを零しつつそう告げると、夕色の中でもはっきりと分かるくらい、皆本の顔が赤くその様を変えて。

子供を見守る大人のそれから、蜜のような甘さを含んだ、賢木にしか見せない特別な表情へとスライドする。


元々、大型連休中、皆本とどこかドライブしたい気持ちはあったが、二人きりでなんてまず無理なのは知っていたし、

平日ならともかく彼が子供達を置いて家を空けるなんてことはしないだろうと思っていたからこその今回の計画。

チルドレンを喜ばせるため、というよりも楽しそうな子供達を見て顔を綻ばせる皆本の顔を見たいがために計画したと

いっていい。


だから、今回の外出は賢木にとっておおむね及第点で。

皆本の喜ぶ顔が色々見れたのだから、自分自身に甘い点をつけても良いと思うのだ。


柔らかな笑みへとその趣を変えた賢木に、皆本は、「なかなか二人きりになれなくてゴメン」と

少しだけ申し訳なさそうに苦笑して。

その答えを否定する代わりに、賢木は皆本にお願いをしてみせた。




実際に叶うかどうか分からない、そんな微妙なハードルを設けて。




「じゃあさ、今ここでキスしてくれたら許す」

「!!!っ、な、に言ってるんだ…!!」

「ほら、今二人っきりみたいなもんだろ。アイツら寝てるんだし、それっくらいの時間あるって」

「だからって…!!!」


誰が見ているか分からないと皆本は必死で言い募るが、すっかり濃い色に沈もうとしている空の下、

ましてや赤の他人の車内の様子を見ようと腐心する者は少ないだろう。


それに今、高速道路で立ち往生している行楽客は皆、今日の記憶を絶好の肴として盛り上がっているに違いなく、

周りのことなど気に留めていないに決まっている。


「周りなんか気にしてもしょうがないだろ。それくらい大目に見ろよ」

「でも…っ!!」

「あんま大きな声出すと、アイツら起きるぜ?」

「賢木…」


すっかり、自分のことでぐるぐる回っている恋人の姿に確かな幸せを感じつつ、賢木は皆本の出方を待つ。



家に着くまでの僅かなひと時、得られた恋人としての時間。

その時間を無為に過ごすなんて勿体ないとばかりに、賢木は皆本をじっと見つめた。

逸らされる視線を離すまいと、ゆっくり追いかけ、絡めとる。



車内に満ちる沈黙すら、恋人時間を演出する最高の舞台演出だ。


「みーなもと」

膝の上で握りしめられた彼の手を左手でそっとつつくと。

「!!!っ…!」

何度もうしろの様子を確認してから、皆本はそっと賢木の方に身を寄せる。

「ん…っ」



柔らかな唇の感触は、まさしく賢木が望んでいたもの。

深く口づけたい気持ちをぐっと抑えて、その柔らかな感触に酔いしれる。

自分の目の前で、目尻まで赤く染めたまま唇を合わせている皆本の表情ときたら。

恋人の色んな顔を知っている筈なのに、息を飲むほどに目を奪われて。

唇の隙間から微かに漏れる吐息は幸いなことに、三人の眠りを覚ますものにはなり得ず。

前方の乗用車がのんびりと直進を再開するまで、二人のキスは続いたのだった。


「こ、今回は特別だからっ、…な」

熟れた苺のように顔を赤く染めながら、現実に戻るようなひとことを告げる恋人に、やれやれと賢木は苦笑する。

「あーはいはい、分かった分かった」


(とりあえずは、な)

後ろで寝ている子供達を家に送っていったら、一番のお土産を自分の家にお持ち帰りしようと心ひそかに企みながら、

そんなことはおくびにも出さず賢木は皆本の言葉に頷いたのだった。









終わり