Sweet impulse!






朝から取り組んでいた厄介な仕事がようやく終わりの兆しを見せ、ほっと一息をつくある日の午後。

今日は今の所レベル7を必要とするような緊急出動も無く、至って平和に仕事に励んでいた皆本は、

溜めていた息をふうっと吐き出した。

ずっと根を詰めていたせいか、少しだけ疲労の度合いが高いと感じるのは多分気のせいでは無い。

甘いものでも取ればマシになるだろうかと引出しを探っていると、特徴のあるノック音が耳に届いた。

軽快なリズムのその音を紡ぎ出すのは、皆本の知る限りただ一人だけだ。


「どうぞ。賢木だろ?」

ドアに向かってそう声をかけると、遠慮なく開けられたドアの先に予想していた人物の姿を見つけ、

皆本はふわりと微笑んだ。

「何で分かったんだ?」

ドアを開ける前にその存在に気づいた皆本に首を傾げながら、彼はゆっくりと近づいてくる。

「結構単純な理由だから教えない」

「ケチケチすんなよ、余計気になるから」

「そう言われると益々隠したくなる…かな」

「あ、ひで!!俺と皆本の仲なのに!」

ことさら大袈裟な年上の恋人の言動。

耐えきれずぷっと吹き出した皆本に、賢木はぶつぶつと文句を零していたが、

一向に埒が明かないことを見てとると、「ま、それはいいんだけど」と話を変えて。

「あ、そういえばさっきナオミちゃん来てたぜ?今日は出動無い筈なのにな」

「うん、僕も出動予定聞いてないけど。何かあったのかな?」


今日、彼女は確か終日大学で講義を受けている筈だ。

彼女の上司が「こうしている間にもナオミに大学で魔の手がっ!!」と憤慨しながら語ってくれたスケジュールなので、

一切間違いがあろうはずがないのだ。




首を傾げる皆本に、賢木もまた「さぁ…」と首を捻る。

「まぁ、何かあったんならこっちにも連絡あるはずだし、待機してれば良いことだろ」

「それはそうだけどさ…。今日はアイツら久しぶりに1日授業受けてるから、出来れば何もない方が良いなぁ…」

「最近結構忙しかったしな」

などと、少しだけ憂鬱になっていると、またもや響くノック音。


「噂をすれば…か?」

「え、でもわざわざ呼びに来るかなぁ…。管内放送の方が早いのに」

遠慮がちにドアが引かれ、失礼しますと折り目正しく入ってきたのは件の彼女で。

「お仕事中でしたか?」

「いや、大丈夫だけど…大学は?」

疑問を口にする皆本に、ナオミはあっさりと種を明かす。

「今日、突然講義が休講になっちゃったんで…。寮に戻る前にちょっと顔出していこうかなって」

「「なるほど」」

明確な答えに納得する二人に、彼女は

「差し入れ持ってきたので、良かったらどうぞ」とコンビニの袋を取り出した。

お礼とともに受け取ると、袋伝いに伝わるのはひんやりとした冷気と水滴。

「これってアイス?」

「ええ、今日少し暑かったから、どうかなって」

「おー、気が利くなぁ、ナオミちゃんは。上司とは大違い」

「賢木!」

差し入れに顔を綻ばせ、ついでに口まで軽くなっている賢木を軽く睨むと、

彼女は皆本に「あ、別に気にしないで下さいね。その通りだと思いますから」と賢木の言葉に同意を示す。

「でも…一応君の上司だし」

「一応、ですけどね。噂してるとここに来ちゃいそうだから、私そろそろ」

これから友達とショッピングなんですと嬉しそうに時計を確認すると、ナオミはそのまま部屋を後にして。

「ったく、口が過ぎるだろ賢木は」

「ナオミちゃんが気にしてないなら、いいだろ。あ、ほらそんなこといいから食おうぜ」

すっかりアイスに興味が移っている賢木に嘆息すると、促されるまま皆本は袋の中を覗いたのだった。




水滴のついたコンビニの袋の中に入っていたアイスはいわゆるスティックアイス。

目にも鮮やかなパッケージに包まれているのは棒状のシャーベット。

清涼感を前面に出したその商品は最近良く話題に上がる品物で。


「あーこれ食べたこと無いヤツだ…。良く手に入ったなぁ、コレ」

新製品はとりあえず試す主義の賢木が感心している所を見ると、かなり品薄になっているのかもしれない。

「へぇ、そんなに美味しいのか。知らなかったな」

「チルドレンが家にいるのに食べたことねぇの?」

「うーん、何か買ってきてるのはよく見るけど、僕の口に入ることは…無いな。

大体僕が食べようと思ってたものも気づけば食べられてるし」

「子供はアイス好きだしなぁ」

納得する賢木に、皆本も同感とばかりに頷く。

「食事の前に間食するのあれだけやめろって言ってるのに止めないし…

テレビを寝転がりながら見てるし…」

まるで母親のような愚痴を無意識に零している皆本を見る賢木の目は優しい。

ひとしきり他愛ない不満を吐き出したことですっきりしたのか、

「あ、ごめん」とバツの悪そうな顔を向ける恋人に、賢木は気にすんなと苦笑した。

「ま、アイツらのオカンだもんな。お前。俺でよけりゃ聞いてやるって」

「オカンって…せめて父親って言って欲しいんだけど」

「どうみても母親だろ?で、父親は俺ってことで」

「またそういうことを…」

賢木のジョークに皆本のテンションが通常のそれに戻る。

すぐ元に戻って良かったと安堵する賢木に、皆本はアイスを差し出した。

「で、どっちにする?オレンジ?グレープ?」

「んーそうだなぁ…」

スティックアイスを片方ずつ両手に持ち、賢木の返事を待つ恋人の姿を見た瞬間、

襲ってきたのは突然の既視感。


(ん?なんかどっかで似たようなモン見た気が…)


数秒考えを巡らせた後、その理由にはたと気づいた賢木は緩む頬を止めることが

出来なくなっていて。

「早く決めてくれないか?手が冷たいんだから」

「あ、ああ」

そう返事しつつも、すっかり思考は違う方向へと飛んでいる。

(いっかなー、試しても)

頭を埋め尽くすのは、はっきり言えばストレートすぎる願望。

おりしも部屋には二人きり。いつも賢木の邪魔をする3人組も今日は不在だ。

(ま、大丈夫だろ多分)

勝手に自分の中で納得をすると、不埒な願いを叶えるべく賢木は段取りを整える。

誰も入ってこないように、皆本に内緒で部屋の鍵をかけると、

彼はゆっくり皆本の方へと向き直った。

「なぁ皆本」

「あ、今はやめるのか?食べないなら、冷蔵庫に冷やしておくけど…」

「いや、そーじゃなくてさ」

「???」

「質問なんだけど、最近お前テレビ見てる?」

「急に唐突な質問だな…んー…テレビの選択権僕に無いし、見てないかな」

「そっかそっかよしよし」

「???それとアイスと何の関係があるんだ?」

脈絡のない質問をする賢木に、皆本は当然のことながら首を傾げて。

賢木は、心の中でガッツポーズをするとにやにや笑いながら、こう切り出した。

「すぐ終わるからさ、ちょっと頼みがあんだけど」

「頼み…?」






「改まって言うから、一体どんなことかと思った」

「はは、一応さ断っておいた方がいいだろ?」

「そんな畏まることかなぁ…」

訳が分からないという表情を浮かべる皆本の手に先ほどのようにアイスを持たせながら、

賢木は軽くウィンクをする。

皆本がテレビを良く目にするというのなら、このちょっとした企みは水泡に帰す運命だったのだが、

幸運にもテレビをあまり見ていないというのだから、これはもう実行するしか無い。

興奮に胸を膨らませ、しかし表情は常を装いつつ、賢木は皆本に演技指導をつける。


「で、あとはさっき言った台詞を言って欲しいんだけど」

「それ言うといいことでもあるのか?」

「別に?しいていうなら俺が癒されるだけ、だな」

「んー…、まぁそんなことで癒されるなら、二人きりだしいいよ」

案外あっさり頷いた皆本にサンキュと礼を言いながら、賢木は早く早くと促して。

皆本は、賢木の強い視線に頬を赤らめながら、望む言葉をそのまま紡いだ。



「えーっと…“後からぎゅぎゅっとする?それとも今すぐぎゅぎゅっとする?”

…こんな感じで良いのか?」

「っ…?!!!」

「ん?賢木?」



目の前で展開される光景は、賢木の想像をはるかに超えていて。

いや、超えるなんて生易しいものじゃない。

現実は想像とまるきりレベルが違っていて。比較すら出来ないその光景に賢木は息を飲んだ。

CM
で目にした時「皆本がやってくれたらたまんないだろうな」と思ったけれど。

まさか、これほどのインパクトだなんて予想外にもほどがある。


目の縁を赤く染め、じっと賢木の方を一心に見つめて。

それで、トドメにこの台詞。

賢木にとって、理性が一瞬にして粉砕されるほどにそれは破壊力がありすぎて。



興奮に喉を詰まらせ思わず黙り込む賢木を心配して近づいてくる恋人を思い切り抱き寄せずにはいられない。

「皆本っ!!マジ最高だっつーの!!」

「だから、何がっ?!アイス落ちるって!離せってば!」

「やだね、今すぐぎゅぎゅっとさせて?」

「意味分からないって…ん、っ、む…っ?!」

すっかり舞い上がったテンションもそのままに皆本を抱き寄せ、唇を奪う。

自分が冷静ではない自覚はあるものの、賢木は冷静では無い自分に笑いながら、

その衝動としっかり手を繋いだのだった。




後日。

アイスの感想をナオミに無邪気に聞かれた皆本が返答に困って顔を赤らめるのはまた別の話。

だって、答えられる筈がない。

アイスがすっかり液体に変わるまで、賢木が離してくれなかっただなんて。

その所為で、アイスの味などまるで分からなかったということも。




記憶に残るのは、果汁を含んだそれよりきっと甘くて。

癖になる、あの熱なのだと。




終わり