言わば、もしくは(1)






いつ気づいたのか、ちゃんと隠し場所も万全だったはずなのに、手を代え品を代え繰り広げられる

3人の執拗な弁当争奪戦から逃げきって、ようやく訪れた昼休み。


戦いに勝利しつつも疲れた顔をしている俺に「大丈夫か?」と皆本が心配そうに声をかける。

「あーなんとか」と笑いかけながら、俺はデスクにどかっと重箱弁当を置いた。


これを持って三人から逃げ回ったせいで、蓋を開ければ少しだけおかずが寄っていたが、

心配していたほどの被害は無い。


「良かった…無残になってなくて」

ほっと安堵の息をつく俺に、皆本は、

「ごめん、あいつらに弁当のことばれなきゃこんなこと…」としゅんと項垂れる。

「何でお前が気にするんだ?一緒に住んでるんだから分かるだろ、普通」

「でも、もっと上手くしてれば、アイツらもこんなにムキにならなかったんじゃ…」

ほっとくとどこまでも下にイキそうな恋人に俺は苦笑するしかない。


なんだって、そんな落ち込むんだ。

こんなに手間暇かけて作ってくれた弁当に感謝こそすれ、反感なんて持つはずがない。

作ってくれた気持ちが嬉しいから、独り占めしたかったんじゃないか。皆本含めて。


「ンな気にすると、余計に味分かんなくなるからさ、ともかく食おうぜ?美味そうで腹減りまくりだから」

「…ああ、そうだな。…ありがと」

用意しておいた箸を渡す俺に、皆本は最高に嬉しそうに微笑む。

まるでその笑みは、ふんわり焼けた卵焼きのように優しい印象で。



「…つか、なんか別の意味で腹減りそう」

「???」

うっかり欲めいた言葉を零す俺に、皆本はきょとんと首を傾げたのだった。


待ちに待った昼食タイム。

「なぁ、最初何食べる?」

「んー、てまり寿司と、アスパラ」

「はいはい」


俺のリクエスト通りに取り皿に盛りつけると、皆本は俺にそれを渡した。


「サンキュー。つか俺先で良いのか?」

「ああ、だって賢木の為に作ったんだし」


ストレートなその台詞に益々飯が喉を通らなくなりそうだ。

心中、皆本の言葉に悶えていると、「早く感想聞かせて欲しいな」と興味深そうに顔を覗き込んでくる。

「そら、お前の作ったモンに外れがあろうはずねーし」

急かされるままにてまり寿司を頬張ると、ほんのりと品の良い酢飯の味が口の中に広がる。


「美味い!」

「そっか、よかった。あんまり自信無かったんだよね、寿司って」

「いや、マジ完璧に俺好み。また腕上げた気する」

「そう、かな…」


少しはにかんだように照れる皆本の顔を見ながら食べる昼食ははっきり言って至福のひと時だ。


美味い飯に、最高の恋人の笑顔。

これ以上望めない絶好の昼食に、ついつい食べ過ぎてしまいそうで。


「なぁ、皆本」

目の前で唐揚げを頬張っている恋人に俺は言葉を紡ぐ。

いつも栄養バランスの整った食事を作ってくれることに対して、きちんとお礼を言うのは

照れ臭くてなかなか言いづらかったけれど、伝えたかった感謝の言葉。


「ありがとな、いつも」

「!!真剣に…何言ってんだ」


瞬間、俺の言葉に過剰反応して口ごもる皆本の頬ときたら、まるでデザートに添えられた完熟苺みたいだ。


「いっつも思ってるさ。なかなか言えないだけで」

「う、ん…知ってるよ」


けど、改めて言われると嬉しいと微笑まれては完璧に降参。

心の中で白旗を上げると、顔を近づけて俺は皆本の唇をぺろりと嘗めた。

唇から感じるのは唐揚げの味。色気が無い表現だが事実なので仕方ない。

皆本の唇を味わっていると思うだけで簡単に上がるテンションを自覚した刹那。


「っ!ちょっと食べてる最中は…っ!!」

俺の唇から逃げるような皆本の弱い抵抗。俺は彼の意を汲み、あっさりと顔を離す。


「ああ、分かった、んじゃ食べた後な」

「そういうこと言ってるんじゃなくて」

「いや、ソウイウことだろ?」


含み笑いで皆本を翻弄すると、俺はまた食べることに集中する。

皆本も言葉をそこで切ると、箸を動かし始めた。


「しっかし、食べてる時はダメって…」

「?なに?」

「テレビ見ながら食事する子供に注意する母親みたいだよな」

「!!!」


俺の指摘に、皆本がきっと睨みつけるけれどその表情すら最高の昼食を彩る素材で。

俺はにやにやとその様子を堪能しながら、五感すべてで皆本を感じたのだった。




続く