言わば、もしくは(3)
館内放送で呼ばれたまま、なかなか帰ってこない皆本にイライラすること数十分。
空しさを噛みしめつつ、自分の分は食べ終え、それでも辛抱強く待っているのに彼は一向に戻ってこない。
「管理官…」
そんな重要な案件なら自分だって呼び出しを受けてもいいなのに、
それが無いのなら用事はプライベートなものに決まっている。
彼女の私的な問題に付き合わされるくらいなら、皆本をこっちに引き戻したっていい筈だ。
「つか、もう限界だっつーの」
重箱に蓋をして冷蔵庫にしまうと、そのまま俺は入口に向かう。
折角の時間に水を差す者は誰があっても許せない。
上司だって、例外ではないのだ。
「さっき行くって言っといたからいいよな、行ったって」
誰に聞かせることもない呟きを部屋の中に落とすと、俺は自室を後にしたのだった。
バベルの中で群を抜いて特徴的な彼女の職務室をノックし、
鍵が開いていることをいいことに返事を待たずに侵入する。
不用心すぎると心の中で悪態を付きながら、耳に飛び込んできたのは耳を疑う言葉。
「だから、愛情弁当渡しなさいよっ!いいでしょ、たくさんあるんなら!」
もう頑固者!と怒りを露わにしながら、皆本を壁際に追い詰めている上司を発見し、俺は慌てて引き離した。
ほっとしたのか、俺の方へ近づいてくる皆本を後に隠しながら、俺は上司と対峙する。
「なーに、言ってたんですか」
怒気を強める俺に対し、彼女は悠然と微笑む。
「あーら、いい所に。皆本クンの弁当を寄こしなさい。命令よ?」
「つか、管理官まで狙ってンですか…」
チルドレン達が振りまいた弁当情報がこんな所にまで。
あまりに考えなしなあの子供達の発言に眉間に皺が寄るが、言うことは決まっているのだ。
「嫌です」
はっきりと言い切る俺に管理官は、ぶうっと頬を膨らませる。
「何よ、独り占めなんてずるいわっ!!普段手料理食べてるんだから、それくらいくれたっていいじゃないっ!!」
まるで子供が癇癪を起こしている時のような彼女の言動。
我儘全開な彼女の言葉に、俺はさらに言葉を続ける。
「あれは俺が皆本に作ってもらったんです。誰かにあげる気はありません」
「賢木…」
俺の後ろで、皆本がひゅっと息を飲むのが分かったが、そのまま俺は彼女に続けた。
「それに皆本だって拒否してたんでしょ?なら同意見ですよ」
そう、皆本の真心の欠片をたったひとつまみでも誰かにやりたくなんて無い。
あれは俺のモノなのだ。一切合財全て。
「いけず、ケチ」
俺のはっきりした拒絶に付け入る隙はないと悟ったのか、彼女はぐちぐちと文句を言いだす。
「すいません、そういう訳なんで」
皆本を伴って部屋を出ようとする俺に、彼女は執念深く言葉をぶつけてきて。
「あんまり余裕無い男って、魅力ゼロよ?」
人生を知り尽くした上司の鋭い一般論に俺は、
「肝に銘じておきます」
「まるで、子供ね」
「ええ、自覚はありますよ」
そんなこと言われなくても、自分が良く分かっている。
大人げないと言われても変えられない自分がいることも。
それでも良いと笑ってくれる恋人の心の深さの前では、俺なんて赤子も同然なのだ。
「失礼します」
「賢木クンのどケチーっ!!」
背後で絶叫する彼女の声を聞きながらしてやったりと微笑む。
「いいのか?賢木…あんなこと言っちゃって」
不安げな皆本の手を安心させるように強く握りながら、俺は「大丈夫!」と言い切ってみせた。
本当は大丈夫かどうかちょっと自信はないのだが、皆本も必死で抵抗してくれたらしいその気持ちに
俺も全てでぶつからないと意味が無い気がしたから。
「だって、渡す気さらさらねぇんだもん」
「僕も、どうやって管理官から逃げられるかすっごく考えたよ」
「サンキュ」
横暴な要求をなんとか振り切り、視線を合わせる。
「もう、俺の分食っちゃったけど、大丈夫か?」
「うん、遅くなったけど再開しようか」
戻ってもいいだろうと微笑む彼に、俺は「喜んで」とにやついた笑みを浮かべたのだった。
続く