言わば、もしくは(4)




おはよう、と言いかけた声が掠れていることに気付き、僕は思わず顔をしかめた。

艶っぽいなとからかう賢木を軽く睨んではみるものの、それで素直に引き下がるような

タイプではないことは僕が一番よく知っている。


「ケホ…喉ひりひりして…痛い…」

「あ〜…待ってな。なんか作るから」


飲みかけのコーヒーをテーブルに置くと、キッチンに消えた彼のそつの無さにそっと微笑む。

昨夜の強引ぶりが嘘のように世話を焼いてくれるのだから、これ以上責めることなど出来やしない。




元より、怒っているのは本気ではないのだから。




昨日の夜、弁当のお礼と称して食事に誘われた時も、その場所が結構値が張る店だったことも恐縮するより先に嬉しくて。

何より自分の好意を真剣に応えてくれる姿勢が嬉しいから。

だから、「うち来るよな?」と言われた時もあっさり頷いてしまったのだ。

この先に何があるか知らない訳じゃないのに。




そして、僕は全てを彼に食べられたのだ。ちゃんと自分の意志で。




その結果が、喉の不調、体に残る疼痛。

少し動くたびに体が昨日の名残を訴える。

正直、少しハードな運動過ぎたけれど満たされた気持ちの方が疲労を上回っているので、

今の所なんとか耐えられそうだ。


(…すっごい色ボケじゃないか)


自分で自分に苦笑しながら、ゆっくりソファに座り、彼を待つ。

程なくして出てきた砂糖多めのレモネードを啜りながら、僕は賢木にお礼を言った。

大したことしてねぇじゃん?と少し照れ臭そうな彼を見ながら幸せな気持ちで半分ほど飲みほして。

子守りを休業しての久々のオフの予定を考えることすら、楽しくて仕方ない。


「なぁ、今日の予定どうする?」

「うーん…出来れば一日中のんびりしたいな…賢木はそれでもいい?」

「俺も別にしたいことねぇし…皆本とゆっくり出来るなんて久々だしなー」



そうしようと頷き合っていると無粋な電子音がまたもや、僕たちの間に割って入った。


「!!またかよっ!!」


前回は館内放送、今度は携帯電話。

ことごとく時間は僕たちを待ってはくれないらしい。


「はい!もしもしっ!!」

渋い顔を浮かべたまま携帯に耳を当てた賢木に気付かれぬよう、今日は一人かと溜息をつく。

仕事の際の姿勢が真剣だからこそ、自分の我儘で邪魔をしたくは無い。

プライベートに未練を残して、仕事が疎かになるようなことは出来れば避けて欲しいのだ。


「…はい…は?あ、いや…まぁそうですけど…なんで…」

電話の応対がいまいち意味不明なことに首を傾げながら、僕は空になったカップを手に立ちあがる。

いつ帰ってくるのか分からないが、ここで待っていても構わないし、出直しでも仕方ない。

とりあえず片づけだけはしておこうと、シンクに向かおうとした瞬間電話は終了して。


「賢木、仕事なのか?なら僕は…」

ここで待っていようか、と言おうとした言葉が途中で遮断される。

「言いにくいけど、お前も出勤命令出てる」

「え?なんでここにいるってことが分かったんだ…?」


夕方ならば一緒にいても不思議ではないが、今は早朝。

それなのに、電話の相手先こと柏木は断定口調で賢木に二人分の出勤を告げたのだという。


「すいません、朝から…とか言いながら、皆本さんそこにいますよね?とか言われてマジびびった」

「……僕も驚いたよ」


たまたま休みが重なったからというだけなのに、こちらの行動がまるで透視えているかのような彼女の言動。


「…なんか、すっげー底知れないよな、あの人」

二人で顔を見合せながら、バベルで僕たちを待っているだろう彼女を想像する。

あの笑顔の下で何を思っているのか。

僕たちはぶるっと身震いをしたのだった。





おまけ





「??何でそんなに驚くのかしら」

電話を切った柏木は、賢木の動揺ぶりに首を傾げた。

二人揃って狙ったようなオフの予定表を見れば、今日が泊まりということは一目瞭然だろうに。

周囲に気付かれてないなんて思っている辺り、微笑ましい二人。

「男の人って駄目だなぁ」

こちらが見守りたくなるような初々しさを無意識に披露している恋人達を待ち遠しく思いながら、

柏木はふふっと笑い声を洩らしたのだった。





終わり