コドモノカテイ
トントン、と規則正しい包丁の音、そして湯が湧く音。
皆本とチルドレンが住むマンションで、現在炊事の音を響かせているのは、
何故か家主では無く、その恋人の賢木で。
一人暮らしの経験もあるため、包丁さばきも堂に入ったものだが、
皆本の食事に舌鼓を打つ立場の彼が何故こんなことをしているかというと。
「ほら、ここはこうで…ここに数字を当てはめて」
「え、あ〜分かった!!さっすが皆本!!教えるの上手いよな〜」
彼の背後から飛んでくるのは、皆本とチルドレンの笑い声。
帰るなり早々、皆本はチルドレンに拉致され、即席家庭教師役に従事させられて。
そして、彼と同時にやってきた賢木は、チルドレンの横暴とも言えるお願いによって、
食事を作ることを強制されたのである。
皆本も彼女達の気が済んだら、すぐに交替するといってくれたのだが、既に30分経過。
一向に指導の手が止むことはない。
わざと間違えているのかどうかは分からないが、質問攻撃が矢継ぎ早に来るので、
全部答えていたら時間なんていくらあっても足りる訳がない。
加えて、手加減を知らない皆本の性格上、適当に答えるなんて芸当ははっきり言って不可能なので、
交替は当分無理だろう。
(まぁ、そりゃいいんだけどさ)
薄く切った玉葱を炒めながら、賢木は溜息をついた。
ちなみに今日のメニューはカレーだ。
皆本だけに食べさせるのならば、もっと凝った料理もそれこそ作れる。
彼の喜ぶ顔が独り占め出来るのなら、食材にも調味料にも、もっと気を張る。
けれど、チルドレンに食べさせるなら、と思うと作る気が少しだけ
パワーダウンするのは正直な気持ちだ。
大体、彼女達は皆本の料理とは味が違う=「ダメダメ」の論理の持ち主だ。
そんな彼女達にとって、賢木の料理はよほどのことがない限り及第点を貰えないに決まっている。
皆本の負担が減るなら、と炊事を引き受けたが、少しだけ賢木は引き受けたことを後悔していた。
「まぁ、アイツらの味覚に合わせるなら、甘口でいいか」
市販のルゥを取り出そうとすると、背後から厳しい声が飛ぶ。
「あ、アタシ辛い方がいい!!」
「ちゃんと、リンゴすりおろしたの入れてな?」
「肉は国産の牛肉じゃないと嫌よ」
(クソガキ…!!)
思わず乱暴に鍋をかき混ぜると、皆本の気遣う声が優しく賢木の耳に届いた。
「本当に、ごめんな?コイツらの言うことは流してくれて良いから」
「皆本…」
思わず、鍋から視線を外し、皆本を見つめると。
「賢木先生、手がお留守になってるってば!!」
「なぁ、お腹すいた〜。全然もたへん」
「手なんか抜いたら承知しないわよ」
続けざまに、浴びせられる容赦のない言葉に、賢木は今度こそ徹底無視を決め込む。
大人げないのは承知しているが、皆本を独占されて黙っていられるほど寛容でもない。
しばらく目の前の作業に意識を向けていると。
ふと近くに人の気配を感じ、賢木はくるりと振り返った。
「かっこ悪い。無視なんて幼稚ね」
飲み物を取りに来た紫穂が、挨拶代わりのキツい台詞を零しながら、
またリビングへ戻ろうとする。
「ちょっと待て。無視した理由、分かんねぇはず無いだろ」
「独占できないからってヤキモチ?馬鹿みたい」
「分かってんなら、さっさと皆本をこっちに渡せよ。俺はゲストだぜ?」
「いつも手ぶらでご飯をタカりに来る人のことをゲストなんて言わないの」
にっこり。
キッチンを瞬時に凍結させる紫穂の笑みに、思わず賢木はたじろぐ。
けれど、ここで負けるのは癪だとばかりに、
「なら、土産の一つでも持ってこりゃ納得すんのかよ」
「モノによるわね。どちらにしろ半端なモノなら立入禁止決定だから」
とことん賢木に厳しい彼女に、賢木はがっくり項垂れた。
「ちくしょ、皆本が居ない時面倒見てる俺への恩は無いのか?!」
「恩はあっても、皆本さんに手を出してる時点でそんなもの、相殺だわ」
「無いのと一緒だろ…それ」
賢木を袈裟掛けに斬るに等しい彼女の発言。
最初から、チルドレンにとって、賢木はお邪魔虫の認識なのだ。
これくらいでめげてはいけないが、それにしても彼女の言葉には一切の甘さがない。
「今日、皆本さんと二人きりになるチャンス、あるかしらね」
くすりと、策謀に満ちた笑みを零す彼女に、賢木は一言言わずにはいられなかった。
「つか、絶対勝ち取る!」
「どうかしら、アドバンテージはこちらにあるのよ?私たちは皆本さんにとって子供だもの。
もどかしい時の方が多いけど、素直に甘えるにはこの立場の方が有利だから」
「くそ、質問攻撃も確信犯だろ!!」
「当たり前じゃない。少しでも一緒にいたいんだもの」
「子供だからって、何でもかんでも許されると思ったら大間違いだからな!」
「あら、羨ましいと思ってるくせに」
どき。
紫穂に深層心理を透視され、賢木は大きく動揺した。
「駄々漏れすぎ。軽く透視しただけで分かったわよ?子供なら、
もっと皆本に我儘言えるって思ってるでしょ」
「透視するなっつーの!!」
「ならスキを作らないことね。でも、おあいにく様…無理じゃないの?」
「な、何が」
妙に確信めいた彼女の口調にたまらず問い返すと彼女の口から出たのは。
「だって、今よりもっと大人げない賢木先生なんて…私達よりずうっと我儘ってことじゃない?」
「っ!!!」
「だから、皆本さんの手を煩わせ過ぎて嫌われるに決まってるわ」
その言葉に何故か反論出来ず、賢木はぐっと言葉に詰まったのだった。
終わり