何が一番大切かなんて自分自身よく知ってるから。
この方法が最善だなんて言えないけれど。
恋トレ!
勉強疲れの身に心地よく降るのは穏やかな温もり。
早々に講義を終え、賢木の到着を待つ皆本にその温度はある意味拷問でしかない。
「眠い…」
日光を適度に遮ってくれる木陰のベンチに腰掛け、皆本はその日十数回目の欠伸を噛み殺した。
昨日、というか既に今日の時間ではあったが、ついつい本を熟読してしまったのが今になってこたえているようだ。
夢中になると一切時間の感覚が無くなる癖をいかんせんどうにかした方が良い、と待ち合わせ相手の彼にも
言われていることだが、どうしてもやめられない。
ページをめくる手を止めろなんて殺生すぎるだろうと皆本は常々そう感じているのだが。
「目にクマ作ってる姿は可愛くねぇし」とぶすっと、まるで自分のことのように心配してくれる賢木の顔を
思い浮かべ、皆本は苦笑を洩らした。
そういう彼だって徹夜で大学なんてよくあることなのに、自分のことはまるきり棚に置いているらしい。
でも、無条件に心配してくれるその姿勢が嬉しい、と言ったら賢木はどんな反応を返すだろう。
(きっと真っ赤になるかな)
自分より大人な癖に、ふと見せる子供っぽい反応とのギャップ。
完璧じゃないそのアンバランスさに皆本は安心して心を曝け出せるのだ。
なんだか、悩んでばかりの自分とあまり変わりがない気がして。
人生経験が豊富な癖に、妙に純粋な一面を隠し持つ年上の留学生。
皆本が手放せないと感じている存在が賢木その人なのだ。
「早く来ないかな」
欠伸を噛み殺す頻度が高くなっていることを気にしつつ、先ほどから賢木の来るだろう方向を何度か見ているのだが、
一向にその気配は無い。
「早く来ないと、本気で寝そう…」
そう呟きつつも、もう皆本は睡魔の誘惑に勝つことなど到底出来なくなっていて。
だんだん落ちてくる瞼を感じながら、意識を夢の狭間に飛ばしたのだった。
「…な、もと…おい、皆本!!」
ゆっくり声が自分の方に近づいてくるような感覚に、皆本はようやく目を覚ました。
目を開けた瞬間、飛び込んできた端正な容貌。
安心して思わず笑み零れると目の前の彼は、少し顔を赤らめる。
「賢木?」
「ったく、無防備すぎてヤバいだろ…」
「??何のことだ?…ごめん、今、本気で寝てた」
「ったく、どんだけ疲れてんだよ、昨日また集中して本読んでたろ」
「透視たのか?」
「今までの経験則だっつーの」
透視しなくても分かるさと、こともなげに賢木は言う。
確かに今までこんなことは頻繁にあったことなので、想像などしなくても結論を導き出すのは容易いことだ。
あっさり頷くと、賢木は「ちっとは息抜きした方がいいぜ?」と皆本の頬をぴたぴたと叩いた。
「う〜ん、本読んでるの結構ストレス解消なんだけど」
「マジかよ。俺は必要最低限しか見たかない。めんどくせぇ」
「そういったって、読む時は僕以上に真面目に読み込んでるじゃないか」
「そっか?ま、多少読んでおけば教授に知識不足指摘されることもねぇし」
プライベートにはあんま読まないぜ?と言いながら、賢木は皆本の隣に座る。
「ま、それは良いとして…今日の予定なんだけどさ」
「そうそう、ここで待ってろって…これからどうするんだ?」
そう、今日は講義終了後、ここで待っていろという指定以外、皆本には何も知らされていなくて。
そろそろ種明かししてくれても良い頃合いじゃないだろうか。
無邪気に問えば、目の前の彼は一瞬眉間に皺を寄せ、その部分を人差し指で撫でている。
賢木が何か難しいことを考えている時の癖だ。
「賢木?」
何か、彼にとって不味い事態でも起こったのだろうか。
自分を巻き込まなくては対処できないそんな事態が。
真剣に話を聞こうとその身を近づけると、賢木はそんな皆本を焦ったように制した。
「別に相談があるとかそういうんじゃなくてさ…今からついてきて欲しい場所があるだけ」
「?ああ、分かった。でも、何か気になることがあるなら聞くからさ」
頼りにならないかも知れないけど、と付け加えると目の前の賢木は首を振る。
「…サンキュ…ずっと一緒にいてくれるだけでいいんだ。…本当にな」
いつになく真摯な彼の言葉。
少し殊勝な態度をとる彼の様子が気にならないといったら嘘になる。
けれども、たぶん訳を教えてくれないだろうことも今までの経験上、よく知っていることだから。
ただ黙って賢木の後をついていくしかない我が身に、皆本はどうしようもない程のもどかしさを感じていたのだった。
大学を出て、連れてこられたカフェ。
賢木に手を振っている人物を見て、皆本は彼の意図をようやく悟った。
「これって…!」
「ご明察の通り、合・コ・ン」
ぬけぬけと言い放つその口を今すぐ縫い閉じてやりたい。
賢木をじろりと横目で睨みつけると、彼は、
「いやぁ最近、俺ら二人でつるんでるじゃん?結構紹介しろってうるさくてさぁ」
「僕がこういうの嫌いなのよく知ってるだろ?!」
「ああ、良く知ってる。…けど、頼む皆本…」
(なんでそんなに真剣に頼むんだ?)
賢木の合コン好きは今に始まったことじゃないし、冗談交じりに自分を誘うこともよくあることだ。
けれど、違うのはその瞳。
彼の瞳の奥に宿るのは狂気じみた必死さ。そんな瞳で迫られたら、もう何も言えなくなる。
何故、賢木がこんなに必死なのか。
もしかして、皆本を気に入っている人物の中に、賢木の意中の相手がいるのだろうか。
だから、その彼女と皆本がくっつくことを回避したいがために、合コンで別の彼女と
手っ取り早くカップルにしてしまおうとでも考えているのだろうか。
(そんなの考えたくない)
もし、そうだとしても事前に説明くらいあってもいいだろうと思うし、
こんなだまし討ちみたいなやり方は彼らしくないのだ。
「…今のままじゃ駄目なのか」
小さく呟くと、益々自分の望みを再認識して皆本は、ここから逃げたい衝動に駆られた。
こんな場所にはもう一瞬だっていたくない。
今の関係ではなぜいけないのか。
賢木はひょっとして自分に辟易して、距離を取りたくなったのだろうか?
(そんなの、嫌だ)
離れるなんて、絶対に嫌なのに。
周りに相談相手もいなかったあの頃になんて戻りたくないのに。
特別視という名の壁で周囲と隔てられていた、時代に。
「皆本?」
「…分かった」
けれど、聞きわけがないと思われたくないばかりに賢木の懇願に頷いてしまう自分にほとほと呆れながら、
決められた席に着く。
(相手の子にも許されないだろう…こんな)
一切やる気の無い態度で向かい合うなんて。
けれども、どうしても賢木の行動に対して前向きにとらえることは出来ず、いつもよりひきつる笑いを浮かべながら、
皆本は近くの店員にドリンクをオーダーしたのだった。
続く