無自覚三段活用(二段目、葵の場合)





「よっ、邪魔するぜ」

ああ、めっちゃ邪魔やねん。だから、今日は大人しく帰ってくれへんかな?

「ああ、賢木。来るの早かったな」

皆本はんてば、部屋にあげんといてって、もうほんまに!



ウチかて、そんな料簡狭い子供ちゃうけど、今日という今日は堪忍袋の緒が切れまくりなんやから!!

心の中では激しく罵倒できるのに、皆本はんの前ではどうしてか言葉に出来ない。

…賢木センセ来た瞬間にあんな嬉しそうな笑顔、見せる所為や。

あーもう、ウチってば損な性格。




さっき紫穂から、今日皆本はんが遅くなった真の理由を聞いて。

「な、なんやて?!」

ウチは今日ほど賢木センセに対し、怒りが込み上げたことは無いと思う。

「だからね、何か仕返ししないと気がすまないのよ」

にっこり笑って物騒な手段の数々を愉快そうに話す紫穂に若干恐怖を感じたけど、

手伝うてやってもいいかな、と頷くくらいにウチも腹に据えかねていた。



皆本はんは出来る限り、ウチらとの時間を持とうとしてくれているし、そんな気持ちにはすっごく感謝しとる。

けど、ウチらやってまだまだ子供だ。

監視のない分いくら自由に好きなことが出来ても、子供の留守番て、実際してみると結構つまらないものだ。

煩いこともいっぱい言われるけど、それでも皆本はんとぶっちゃけもっと長く一緒にいたいのが、

隠しきれない本音の心。

仕事一途で忙しい皆本はんのプライベートの独占権はプレミアものなのに。

ソレを脅かす存在がウチらを悩ませている。

賢木センセが、その憎っくき敵なのだ。



「今日という今日は許さへん!!」

怒り心頭に達したウチに、紫穂が全くだと大きく頷く。

運命共同体なウチらは、皆本はんを巡るライバルでもあるけれど、

大きな敵に立ち向かうには共同戦線あるのみだ。

「なぁ、薫にはもう教えたんか?」

「まさか」

紫穂が、ふっと明後日の方を向いて大人びた笑みを浮かべる。

「…そらそやな」

なんたって、三人の中で一番依存度が高いのが薫なのだ。

言った瞬間、暴れまくり切れまくりで、一日手をつけられなくなるのは目に見えている。

薫には、後で「ハブられた!」なんて、言われそうだけど今日のところは留めておいた方が良いかもしれない。

「まぁ、二人だって手加減はしないけどね」

「ああ、しっかり目にモノ見せんとな」

ウチらは、手をがっしり握り合って、今日一日戦い抜く誓いを立てたのだった。






ウチらが立てた戦法、それは。

「なぁ、皆本〜。飯ちょーだい!」

賢木センセが、皆本はんに茶碗を差し出しているのをじっと観察しながら、

ウチはよそわれたご飯の中に、素早くあるモノを飛ばした。

「お、サンキュ〜♪ん、ぐっ…?!」

さっそくホカホカのご飯に手をつけた賢木センセの顔が瞬時に歪む。

ウチと紫穂は、テーブルの下で軽くピースした。


「なんか、今日の飯は一味違うなぁ…」

乾いた笑いを浮かべるセンセに、皆本はんは「そうか?」と疑問形。

賢木センセの反応にいまいちぴんと来ていないみたいだ。

それはそうや。だって、皆本はんの作るご飯は今日もちゃんと美味しいんやから。

美味しくないのは、賢木センセが食べてるものだけだ。



さっきウチが飛ばしたのは、チョコレート。

いつも、「好きだ」って言うとるんやから、ちょうどいいやろ?

一度で二度美味しい、ってことで。

「おかしいな」って、顔をしつつも自分の味覚をいまいち信用していないらしく、

どれも一口食べては顔色が変わっているのが見ててめっちゃ笑える。




コーヒーゼリー入り味噌汁。

納豆とくさや入りポテトサラダ。

ハバネロたっぷりの卯の花。

揚げたてメンチカツには、ワサビマヨネーズとオレンジマーマレードのダブルソースで。

おまけに、賢木センセにはもう一品追加で、ブルーチーズとレバー入りマグロの山かけ。




どれもこれも自分なら絶対口にしたくないメニューのオンパレード。

それでも、絶対「不味い」とは言わない賢木センセ。

うーん、これって愛やろか。

顔面蒼白ながら、全部食べきった賢木先生に少し畏敬の念を感じながらも、

ウチらは次の手を考えたのだった。







どうにかこうにか、拷問気味の食事を終えてソファで心底ぐったりしている

賢木センセに仕掛け人のウチが近寄る。

「なぁ、賢木センセ」

「お、どした?」

青白い顔もそのままに、こちらを向いてちゃんと話を聞こうとする賢木センセ。

いつもなら、少しは絆されてやってもええかなってトコやけど、

今日はまだまだ気張ってもらわんとな。

「さっき皆本はんがお風呂で、賢木センセ呼んでたで?はよ行かんと皆本はん湯あたりするかも」

ウチの言葉に、賢木センセはさっきの半病人の体なんてなんのその、がばりと起き上った。

ちょっとちょっとセンセ、鼻の下伸びてる。






何考えてるかなんて、精神感応能力者じゃなくても分かる緩みきった顔のまま、

賢木センセは風呂まで一目散に突進し。



「うぎゃあああああああっ!!な、何開けてンだよ〜!!!!」

「え?あれ…皆本はっ?!」

しっとり入浴中だった薫の手ひどい攻撃を食らいまくって。

びしょ濡れの洗面器と熱いキスをする羽目になったのだった。






「なぁ、紫穂」

「何、葵ちゃん」

ソファの背に顔を埋めながら体を起こす気配のない賢木センセを上から見下ろしつつ、

会話するウチら。幸い、不貞寝した賢木センセはしばらく起きそうにない。

皆本はんにはあの不幸な事故の後から「ロリコン!」呼ばわりされて、寝室に入れてもらえないわ、

薫からは「オトナって不潔!」と言いたげな軽蔑しきった目で見られるわ、

四方八方から凄まじい攻撃を受け、賢木センセは今度こそ沈没したのだった。



「流石にちょっと可哀そうな気ィすんねんけど…」

「なによ、これくらい。薫ちゃんは人が良すぎるのよ」

「や、そういう訳ちゃうんやけどな」



先ほどまでの怒りが収まると、少しだけ同情の念が湧く。ううん、不覚や。

気が済んだ、まではいかないけど今日はこの辺にしといたらぁなんてウチもヤキが回ってるんかな。




せやかて、皆本はんに立ち入り禁止言い渡された賢木センセって。

何て言うか。

「どういう訳?」

生半可な答えじゃ、納得できないわと紫穂が淡々と言葉を向けてくる。

ウチかて、ホンマはこんなんで納得したらあかんの分かってんねん。

けどな、堪忍な?



「ウチ動物特集ってめっちゃテレビ見てまう方なんよ」

「???」

皆本はんにおあずけくらった、子犬みたいに見えたんやもん。

真ん丸な目エ悲しそうに曇らせて、飼い主の言葉に逆らえない?みたいな。

「賢木センセって、まんま拾われた犬みたいや…」

せやから、ごめんもう無理。

手を合わせると、紫穂が大きく溜息をつく。

「戦線離脱ってことでいいのかしら…私はまだまだ徹底抗戦するけど止めないでね?」

彼女のその笑顔にさらに凄味が増しているのを感じながら、ウチはヘタレな自分に自己嫌悪したのだった。






続く