無自覚三段活用(三段目、薫の場合)





本日の天気は、思わず外へ出て思い切り深呼吸したいくらいの雲ひとつない晴天。

文句のないそんな気象状況の中、うってかわっておどろおどろしいマンションの一室。

「今日も元気だ、ご飯が美味い!」と到底言えそうにない雰囲気の中で食べる朝食は、

折角の美味しさが半減してるのがアタシ的にマイナスだ。



「なー、皆本おかわり!」

「はいはい、ほっぺについてるぞ」

「じゃ、とって♪」

「…馬鹿言うな」


あれ?

いつもみたいにお小言が飛んでくるかと思ったのに、なんか元気ないじゃんか。

皆本の声に張りが無いし、「なんかおかしくね?」と紫穂や葵に視線を合わせても

当の二人もなんか妙によそよそしいというか、微妙におかしい。


あれあれ?


残りは、と目が覚めてから一度も口を聞いてないもう一人の大人に仕方なく視線を向けると、

沈痛な面持ちでもそもそ箸を動かしていて。


今日、みんななんかおかしい?

おかしくないの、アタシだけ?



もしかして昨日、風呂覗いたの本当にただ間違えただけ?

言っとくけど、許したわけじゃないけどさ。

そんなに昨日のことに罪悪感感じてんのなら、こっちから折れてやるべきなのかな〜。

でも、そんな気にするタイプには見えねーんだけどな。


とにかく、通常の五割増しで食卓の席が重すぎる。

いつもなら、三杯おかわりがフツーなアタシが一回しかおかわりしなかったんだから、

すっごく異常事態なのだ。


いっちょ、アタシが一肌脱ぐべきなのかな。

使命感にむくむく燃えるアタシ以外、沈痛な面持ちのまま皆は静かに朝食を終えたのだった。



食事を終えたら、慌てて学校の支度をするのはいつものこと。

皆本からは「寝る前にやっとけ」と口が酸っぱくなるくらい言われてるけど、

どうしても事前に準備しておくのが苦手なのは変わらない。

今日も食事を終えて、すっかり準備万端な二人に待ってもらいつつペンケースを詰め終わると。

アタシはランドセルを背負った。

「間に合うのか?」

玄関先まで出てきた皆本と賢木先生が時計とアタシを交互に眺める。

「間に合うに決まってんじゃん!!間に合わなかったら…」

「ストップ、その先は無しだ」

「ちぇ、分かってるよーだ」

ちょっと、言いたかっただけなんだけどな〜。

葵にヒュパってしてもらえば学校なんて一瞬なのに、生真面目な皆本はそれを許してはくれない。

どこかで超能力を使っている所を見られたら、アタシ達が不利になるって気にしてくれてるの分かるから、

我儘言えないんだけどさ。

でも、楽なのは断然なんだから、ちょっとは大目に見てくれてもいいのに。


「いいか、ちゃんと歩いて学校に行くこと。喧嘩はくれぐれもするなよ?」

朝の決まり文句を背中で受けつつ、靴紐を結ぶ。

「はいはい、葵、紫穂、お待たせ〜」

「遅刻しないように、急いで行こな」

「そうね、葵ちゃん」

さっきよりは若干緊張がほぐれたらしい二人ににっこり微笑んで、

アタシはくるりと皆本の方に向き直る。


「なー、皆本は行かないのか?」

普段なら、アタシ達と一緒に家を出るのが皆本のお決まりのパターンなのに。

どうしてか、今日はその気配がない。

「ああ、僕と賢木は午後から出勤なんだ」

なるほど、そういうことか。

大人って、いいよなーと悪態をつきつつ、愚痴交じりにアタシは冗談を交えてからかう。

「じゃあ、私達がいなくなったら二人でしっぽりするのか?」



いつもなら、こんな他愛ない冗談に皆本が思い切り「そんなことするわけない」って、

完全否定してくれるからアタシも「だよなー」ってほっと出来るのに。


今日は。



「誰がこんなヤツ…!薫の裸を見るような奴となんか…」

「おい、ちょっと待てよ!あれは不可抗力だったって、何度も言ってるだろ?」



んんん?

あれあれあれ?



なんで、二人こんな場所で言い争いなんかしてんの?

どうして、賢木先生そんなに泣きそうなの?



頭の中にふと浮かんだ単語は、アタシ的に好ましくない部類の言葉で。

冗談で言うならイイんだけど、素で思うなんてだいぶ面白くない。

なんつーか、『痴話喧嘩』?なんて。

でも、一番適した言葉って、コレしかないような気がするのがさらにムカつく。



イライラし始めるアタシとは違って、

紫穂と葵は、大人二人の剣幕に押されたように気まずげな表情で。



おい、そこはアタシと一緒に止めに入る立場なんじゃねーの?

二人が何も言わねーから、アタシだけ騒ぐのバカみたいじゃんか。



「朝、葵ちゃんが謝ってくれただろ…一応紫穂ちゃんも後から…。あれは意地悪だったってさ」

「でも、見たことは事実じゃないか!ロリコン!」

「見るとか見ないとか判断する以前に、洗面器ぶつけられてたから分かんないっつーの!

 なんだよ、妬いてんのか?」



売り言葉に買い言葉、といった状況で益々ヒートアップする二人には、

当然ながらアタシ達の姿なんて欠片も見えていないみたいだ。

賢木先生の挑発的な言葉に、皆本はいつもの思慮的な雰囲気をすっかりかなぐり捨てている。


「そうだよ、僕が妬いたら悪いのか?!今日は午後までのんびりできると思ったのに、

 あんなことになってすっかり予定が狂ってるよ!」


決定的なセリフを口にしたことすら気がつかないくらい冷静さを欠いた皆本に、

賢木先生の攻撃の手が止まった。


「皆本…そっか…だから…あんな態度…」

「?…!!っ!??」



途端に、張りつめたムードが、ゆっくり解けて

少しずつ色を変えるのは、今まで険悪な空気を隠そうともせず言い争っていた大人二人の顔。

赤く染まっていく頬が、ぴりぴりした雰囲気も柔らかい色に染めていく。




なんていうか、ちょっと。

アタシって、アタシって。

なんだか、ただのピエロじゃん!!




「二人で、朝っぱらからナチュラルにイチャこいてんじゃねーよ!!こンのダメ大人―――っ!!」

「うん、それは言えてるわね」

「…ウチも同情して損したわ」




やってられないわ、と玄関を開ける紫穂に、アホらし、と吐き捨てる葵。

アタシは、怒りの鉄拳をどうしようもない二人に容赦なくお見舞いすると、

そのまま勢いよくマンションを後にした。



せっかく、せっかくムードメーカーとして頑張ろうとした矢先に前につんのめった感じ。

滅多にないほど漲っていたやる気をあの二人に返してほしい。



「本当に、無自覚ってタチ悪すぎんだっつーの!!」

やり場のない怒りを込めて空に咆哮すると、葵と紫穂からポンポンと肩を叩かれる。

「同感やわ、ホンマ。やっぱしウチらばっかり損しとるよーな気する…」

「そうね、このモヤモヤを今度は二人まとめて受けてもらいましょうか」

「紫穂、それエエ考えや。な、薫も一口乗らへん?」

「え、なになに。それって面白いことか?!」

「「まぁね」」


三人で密談を交わしつつ、学校への道を急ぐ。

どうせ、いちゃいちゃまったりしてる二人には、思い知ってもらわないといけない。

小さな乙女の傷心を。

きっとくしゃみを連発しているであろう二人には内緒で、作戦会議に花を咲かせるアタシ達なのだった。




終わり