そんな、痛みをこらえてる顔で「何でもない」なんて。

言葉と表情が全く合っていないのに。

バレバレの嘘に誤魔化されるほど、僕がお人よしに見えるんだろうか?

あからさまな拒絶ってことは知ってる。

けど、踏み込みたい。臆病な彼の「本当」が見たいから。




リアル・フェイス



「何、そんな気にしてんだよ。ただレポートにうんざりしてただけだって」

大げさに肩を竦めて見せる目の前の彼。憂いの表情を瞬時に隠し、いつも通りのハイテンションを装っている。

あまつさえ笑うのも辛そうなくせに、無理に笑ってみせて。

その取り繕い方が逆に見ていて痛々しい。

本人だって、こんなやり方が上手くいくなんて思っていないことは瞳を見れば筒抜けだ。


こちらの様子を窺う視線の中に滲む不安。

そんなに僕の反応を気にするのなら、欠片でもその悩みを打ち明ければ良いのに。

彼の煮え切らなさに苛立ちが隠せない。


そんな僕のひりつく心が顔に出たのか、「失敗した」とばつの悪そうな表情を浮かべて。

「ごめん、でも何も言えね」

と小さな声で僕に何度も謝罪を繰り返した。


一体、何が彼をこんなに不安にさせているのか。

確かに、彼よりは人生経験が少ないことは認めるけれど、何を聞いたって受け止められる。

そんな関係だからこそ、僕には何でも打ち明けてほしいのに。


僕と彼の前に立ちふさがるのは透明な壁。透明だから普段は気にも留めないけれど、

近づこうとするたびにその強固さに思い知らされる。

こんな壁さえなければ、もっと楽に呼吸ができる。

もっと素直に笑っていられる。

けれど、大学内では彼と一番親しいと感じている僕でさえこんな有様だ。


ひょっとして、こんなこと思ってるのは僕だけで、彼にとっては違うのかな。


唐突に感じる、言い知れない不安。

足元を掬われる鮮烈な恐怖。

気の置けない存在だから何でもかんでも話さなければいけないわけじゃないけど、

一番必要な時には悩みを分かち合いたい。

そんな気持ちを抱くのはタブーなのだろうか。


だって、今呼吸することさえ本当にしんどそうな顔、してる。


心配しているのは、はっきり言って僕の勝手で。

けれど、話を聞くことすら出来ない現状では、そんな傲慢を振り回すことすら許されない。



僕は、もう彼に気持ちを明け渡しているのに。

彼は、気持ちに大仰な鍵をつけたままだ。

どうして、と詰りたい。けれど、それもまた僕の我儘に過ぎない。

同じものを同じだけ分け合いたい、だなんて幼稚すぎると彼は笑うような気がする。



「親友」を今まで持ったことがない僕には分からない難解な彼の心。

明け透けに見えて、ひどく繊細な面を持つ彼に対して、今までの言動が正解だったのかそれすら計る術がない。

一から始める関係に試行錯誤して、巨大な壁に立ち竦む。

けれど、前例を持たない僕には、正面突破しかあり得ないから。



お節介なんて、重々承知している。

誰よりも大切な彼に、思い切り呆れられるだろうことも。

けれど、隠し切れない寂寞を持て余している姿が見ていられないから。

全てを僕が救えるなんて、不遜なことは願わない。

ただ、彼の「本当」が見たいのだ。



「賢木さん、僕は」

謝ってほしいわけじゃない。気を使って欲しいわけじゃない。

もっと深い関係になりたい。ただそれだけ。

上手い言葉が見つからないけど、彼が僕にとって唯一の存在であるように、

僕もまたそういう存在になれれば良い。なりたい。

だから。


もっと間合いを詰めて、ぎゅっと手を握る。

突拍子もない行動に半ば呆気にとられている彼に向かって、僕は宣戦布告の意味を込めてにっこり微笑んだのだった。




終わり