夕暮れハンカチのおまけ。






「おかえり〜♪遅かったね」

「!!!少佐…」

葉と二人、報告のために部屋へと急ぐ真木の耳に飛び込んできたのは、

今まさに会わなければいけない者の声だった。

「待ってらしたんですか」

「いや、別に?たまたまここにいたら姿が見えただけ」

全部を知っているからこそ、ここにいたに違いない上司に、真木の眉間の皺が深くなる。

叱責必至な葉のいる方角を見やると、要領良くとっくにこの場から逃げた後だ。


「?!…アイツ…!」

(早々に逃げたな)


一人この場に取り残され、今から報告をしなければいけないという試練に耐えねばいけない現実を前に、

真木は少し切なくなった。

「なんか、すっごく楽しいコトしてたよね〜♪僕も混ぜてくれれば良かったのに…なんていうか、4P?()

口調は明るい癖に、目は全然笑ってない上司の表情が恐ろしい。

こういう時の上司は、普段の数倍鬼畜モードだ。手加減一切なし、人を嬲る為に生まれてきたといっても

差支えないような本気モードは、そうそう出るものじゃない。




そして、本日の生贄は間違いなく自分。




「…混じれば良かったじゃないですか」

間違いなく近くにいたに違いない兵部。

彼にとって格好の玩具=皆本がいる場所なら、いつでもどこでも神出鬼没なのだから。

それだけ気に入っている玩具をよりによって子飼いの部下が手をつけた(というかキスした)事実は

彼にとって、許し難い事態に決まっている。


「言っておきますが、止める暇はありませんでしたから」

責められるにしても、一応自分の言い分は主張しなければいけない。

何しろ、自分は悪くないのだから。

非など一切ないのに必死に弁明している姿が自分でも滑稽だが、なんとか分かってもらわねば、と

少し強く出る真木に、兵部の瞳がきらりと鋭く光った。



猛禽類が、獲物を狙うその一瞬の色。滅多に見せない本気を滲ませた瞳。


「僕は葉のことなんて、気にしちゃいないさ。どちらかっていうと厄介なのはお前だよ」

「何で俺が」

「だって、坊やとなんだかイイ感じだったじゃないか」

厳しい追及に、強い姿勢をとりつづけるのが困難になる。

真木はその瞳に縫い付けられたかのように、その場で凍りついた。

「イイ感じってなんですか。別にそんなことありませんよ」

「ふーん?本当は少し思ってただろ」

「?!思っては、いません」


声が、動揺しているのは絶対に気のせいだ。

そう、思わずあの笑顔に和んでしまったのもきっと錯覚に決まってる。


「そういうなら、いいけど。手出すなよ」

冷気の籠ったその声は、真木の身を芯から徐々に冷やしていく。


面倒な敵は、あの藪医者だけで十分だからね。

そう吐き捨てられた声は、間違いなく兵部の本心で。

予想以上に、上司が彼に執着を示していることをまざまざと見せつけられ、

真木は今から始まるだろう様々な嫌がらせを思い、少しだけ気が遠くなったのだった。






終わり